日本消費者法学会理事長 河上 正二
(青山学院大学教授・東京大学名誉教授)
2018年11月11日の第11回大会という縁起のよい「1並び」の日本消費者法学会理事会・総会で、理事長に就任いたしました。
日本消費者法学会は、消費者法の研究者・実務家・行政関係者等を主たる会員とする組織で、2008年11月30日に設立大会(第1回大会)を早稲田大学で開催し、会員数250名ほどでスタートし、初代理事長に松本恒雄・一橋大学教授(現独立行政法人国民生活センター理事長)、次いで後藤巻則・早稲田大学教授へと引き継がれ、2018年度からは私が就任して今日に至っております。学会としては、比較的若いですが、昨今の社会情勢からみて、その果たすべき任務は重く、身の引き締まる思いで務めております。
ご承知のように、社会環境の急激な変化により、2010年頃から、消費者契約法、消費者安全法、消費者教育の推進に関する法律(消費者教育推進法)、特定商取引に関する法律(特定商取引法)、割賦販売法、金融商品の販売等に関する法律(金融商品販売法)など、消費者の利益に関連する法律等の整備が急ピッチで進められており、裁判所においても消費者の利益に関わる判決が相次いで出されていますし、行政や相談現場では、日々新たな問題と格闘しています。いうまでもなく、国際的にも消費者政策に関する議論が進展しており、わが国の消費者法制や政策を充実したものにし、執行を確かなものにするには、まだまだこれからの段階にあります。おりしも、2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策で、社会生活環境ひいては消費生活環境も激変して、「新たな生活様式」での対応が迫られています。
2009年に消費者庁・内閣府消費者委員会が設置されてから約10年を迎えた状況の中で、日本消費者法学会は、消費者法に関する研究交流とともに、消費者法の理論や問題意識の共有・発展の場として極めて重要なものになっています。司法制度改革の結果、法科大学院制度が始まり、「実務と理論の融合」が叫ばれて久しいのですが、消費者法の領域ほど、実務家と研究者の方、また、他分野の方々との研究交流が必要な領域はないように思われます。
規制のあり方一つをとっても多様で、民事規制・行政規制・刑事規制、そして自主規制などがモザイクのように組み合わさり、全国各地の消費者団体が果たす役割も大きくなりつつあります。
翻って考えてみると、国民は均しく「消費者」ですから、その裾野はおそろしく広く、消費者法は、広く「国民」全体にとっての生活の安全・安心に関わる、生活の基本法領域をその対象としています。先ごろの民法(債権関係)の改正によって、民事基本法である民法が幾分か事業者法化し、さまざまな属性や脆弱性をもった「人間」の社会生活を規律する基本的ルールが十分に取り込まれなかったことを考えると、消費者法が民法にとって代わる必要すらあるのではないかとさえ思います。
2022年4月より施行される「成年年齢の引下げ」を内容とする民法改正法については、高齢消費者のみならず、若年成人や障害者、子ども、外国人などの消費者にもきちんと目を向けた法整備が、喫緊の課題として求められています。誰もが有する脆弱さが、その置かれた環境や対象によって、顕在化させているからです。高度情報化、IT(情報技術)の進展はこれを加速させています。「強く賢い消費者市民であれ」というだけではすまないのが現状で、保護と支援を適切に組み合わせていくことが求められているように思われます。悪質な事業者による巧妙で複雑な取引への対処をはじめ、食品や製品の安全性、表示の適正化、環境への配慮など、消費者法は全方位で問題に対処しなければなりません。さまざまな分野の方々が力を合わせることで、何が消費者にとって望ましい社会なのか、安全・安心な社会とは何か、その実現のために私たちにできることは何かを共に考え、新しい社会を切り開いていかねばなりません。そのための開かれたフォーラムとして、日本消費者法学会が展開していくことを心から望んでいます。
(2020年8月)